一昨日のNHKテレビ「逆転人生」は、“ヤマユリ咲き誇るゴミ処理場”。

見入ってしまいました。

本当に逆転人生となるのだろうか、という思いながら番組をみつづけていました。

挫折をしないでやり遂げられたのは、石坂社長のなみなみならない強い意志と覚悟があったからのようです。

20年前、石坂社長はお父さん経営する産業廃棄物処理会社で総務の仕事をしていたとのこと。

ある日石坂社長が出勤すると、社員が門の前に集まって「石坂産業は出て行け」という張り紙を見ていたそうです。

当時27歳の石坂社長は、2人目の子供の出産を間近に控えていた時期で、張り紙のきっかけである埼玉県所沢の土壌がダイオキシンで汚染されているという報道を見ていたそうです。

この報道の2年前、15億円をかけて焼却炉を設置し、国の基準をクリアしていたが、報道の影響は凄まじく、地元農家は大損害を受けたと。

国が安全宣言を出したが、住民たちの怒りは収まらなず、民運動にまで発展。

激しい抗議にほとんどの同業者の産廃会社は立ち退きを決めたが、石坂社長の父は仕事に誇りを持っていたので事業を続けようとしていたのだとか。

石坂社長は社員の意識改革に取り組んだそうですが、社員の反発も強く、住民運動はさらに激しさを増し、監視小屋が建てられ、24時間撮影される事態に。

住民運動で会社のイメージは悪化し、取引先が激減。

それでも社員たちは産廃処理の仕事にプライドを持ち続けて、石坂社長は苦渋の決断で、売り上げの7割を占める焼却炉を解体。

そのかわりに、その跡地には環境に問題が無い屋内型リサイクルプラントの建設を計画しました。

しかし、埼玉県は住民から行政訴訟を起こされており、新たな施設の建設許可は下りなかったそうです。

70人いた社員はやりがいを失い次々と辞めていき、30人にまでに減少。

石坂社長は家庭を顧みない生活に陥り、夫から離婚の申し出が・・・。

ところが、奇跡の逆転劇が起こったそうです。

八方塞がりの石坂社長が、地域の清掃活動を始めた事がきっかけです。

掃除をするうち大量の不法投棄に気付き、ゴミの撤去も手がけたとか。

産廃処理場が増える前、この辺りはどんな土地だったのかと興味を持ち、調べてみると意外な事実が分かったそうです。

この辺りはかつて農民たちが開墾し、木々を植えてつくった里山だったことがわかり、石坂社長は自分たちの手で里山の姿を取り戻すことを決意。

荒れた雑木林の手入れを始めたそうてず。

2年が過ぎた頃、この活動になんと地元住民が参加するようになったとのこと。

2006年7月、ずうっと認められなかったリサイクルプラントの許可が下り、2年後、9000平米の屋内型リサイクルプラントが完成。

石坂社長は住民運動のメンバーたちを招待したのだそうです。

地元と一致団結して里山の復活に取り組み、産廃処理場のすぐ隣には子供たちの憩いの場となったのだとか。

石坂社長の思いを行動として可視化すること。

それが地域住民の信頼を得られるようになった。

これが、奇跡の逆転劇の要因だったようです。

そのご、会社の周りの里山には多くの人が集まるようになったそうです。

反対運動のリーダーだった方のお子さんが、この会社に就職したいということで今、働いておられるとのこと。

30人まで減った社員は180人に増えたそうです。

全国から、あるいは海外から視察が訪れているそうです。

石坂社長の奥底にある思いが、本当にいい結果を引き寄せたようです。

あきらめることなく、思いを可視化することの大切さを感じた番組でした。

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